我慢は美徳?いや、楽できるなら楽したほうが良いでしょ。

闇島です。

最近、めちゃくちゃ暑いですね!
去年もこんな感じだったっけ?と思いますが・・・やっぱり去年よりも暑いような気がします。

ニュースでも「命に関わる暑さ」なんて言ってるぐらいなので、相当危険な暑さなのだと思います。
クーラーは一日フル稼働です。
とてもじゃないですが、耐えきれる暑さではありません。

 

ネット界隈でも「熱中症」に関することが話題に上がります。
熱中症の症状とか予防策とかも話題にはなるんですが、それよりも注目を集めているのが・・・

「学校の体育の授業や部活で無理をさせたせいで熱中症になった」とか、
「蒸し暑いクーラーのない教室で授業をして熱中症になる」とか、

熱中症になる原因にみんな注目しているようです。

「暑さを耐えれないのは根性が足りない」とか、
「体が弱いから熱中症になる」とか、

そういった根性論に対して反感を持ってる人の意見もたくさん出てきました。
僕自身、根性論は嫌いなので反感を持ってる人たちの意見に賛成です。

 

加えて個人的な意見として「学校や企業が熱中症対策しないなら自分で対策したらいい」と思います。
クーラーのない学校なら授業中に水筒を持ってきて随時水分補給するでもいいですし、うちわで仰ぐでもいいと思います。
環境が整備されないなら自分自身で解決策を考えるのが先決だと思います。

文句が出るようなら具体的に何故駄目なのかを相手に問いかければいいんです。
熱中症というリスクの前に納得行くような話は出ないと思いますけどね。

 

・・・

 

話は変わるのですが、僕は「我慢させられる」というのがあまり好きではありません。(「我慢する」時はあります)
「我慢させられる」というのは基本的に「個人に問題を押し付けてるだけ」なんです。

仕事でも「我慢しろ!」と言われることがあると思います。
システムの問題だったり、体質の問題だったりするのに、我慢を強いるのは問題を先送りにしてるだけでなんの発展性もない行為ですし、生産性も落ちてます。

僕は「我慢しろ」と言われたら、「じゃぁ個人的に僕はこうします」自分自身が出来る範囲で改善します。

「会社の体質だから」とか、「みんながそうしてるから」とか、環境のせいにして諦めるのは簡単です。
ただ、だからといって環境を変えることも大変です。
そのためにはものすごい労力が必要ですし、時には自分ひとりではどうしようもないこともあります。

だから「環境を変える」よりも「環境に適応する」ことを考えます。

 

別に難しい話じゃなくて、暑い国に行けば涼しい服装するのは当たり前です。
寒い国なら暖かい格好をします。
その環境に合わせて自分を環境に適応させていくことが生きていく上で必要になってきます。

 

環境を変えれないなら、せめて自分が一番楽に活動できるように改善することが大事だと考えてます。

例えば計算を行わないと行けない作業で電卓ではなく、表計算ソフトを使って打ち間違いのチェックや訂正がしやすい仕事をするとか。

チェックすることが多い作業などは、自作でチェックシート作るとか。

「え?そんな程度のこと?」と思われるかもしれませんが、これが出来ない「非効率的でも頑張って仕事をすればいい」と考える人が意外と多いんです。

 

言い方が悪いかもしれませんが「頑張ってようやく成立する仕事環境」よりも、「ボケーっとしててもミスをしないし効率的に仕事できる環境」の方がよっぽど生産的な環境だと思います。

 

いかにして楽をするか。楽に生きられるようにするか。

国、環境、他人のせいにして文句を言うのは簡単です。
しかし、それでは自分が苦しいのは改善されません。

自分が楽に生きられるためにはどうしたら良いのかを考えることが、これからの時代大事なんじゃないかと思います。

 

この夏の暑さも、ただ耐えるのではなくどのようにして「楽に過ごせるか」を考えていきたいものですね。

 

以上闇島でした。

 

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