「嫌われたくない」羽生結弦選手のその言葉に勇気を貰った

祝!!羽生結弦選手2大会連続金メダル達成!!

どうも、闇島です。
平昌冬季オリンピックで、羽生結弦選手と宇野昌磨選手が金銀のワンツーフィニッシュでメダルを獲得しました。

羽生結弦選手の偉業に、日本中が沸き立ち、その演技に魅了されました。
日本人として誇らしい成績を残し、日本中を元気にしたことは間違いありません。

実際、僕もたくさんの元気をもらいました。
男ながらに彼に本気で惚れ込みました。
抜きん出た才能を持つ素晴らしい選手です。

そして、2大会金メダルを獲得したにも関わらず、謙虚な姿勢は変わらず、言葉を一つ一つ選び真摯にインタビューに対応する彼の姿に僕は感動を禁じ得ませんでした。

そんな彼が先日のインタビューでこんな発言をしました。

ほんとのほんとの気持ちは、嫌われたくない。色んな方に見られれば見られるほど、色んなことを喋れば喋るほど、嫌われるし、色んなこと書かれるし、嘘みたいな記事ももっと出ると思います。でも、僕が喋ったこと、僕が作ってきた歴史は何一つ変わらない

各局のテレビでは、この部分はカットされているかも知れませんが、インターネットにはこの発言が残っています。
聞きたい人は是非Twitterなり検索してみてください。

「嫌われたくない」

今までどこか浮世離れしていた彼から発せられたこの言葉は、人間羽生結弦としてほんの少し本音が聞けたような気がしました。
彼のような超人といっても差し支えないほどの人間でも、心無い言葉に傷つき、嫌われたくないという気持ちを公の場で吐露する・・・本当に驚きました。

しかし、この言葉は、沢山の人に勇気を与える言葉だと思いました。

 

SNSが発展した今の世の中。

個人がそれぞれ情報を気軽に発信、発言できるようになりました。
色々な情報が個人個人の情報により精査され、純粋な情報として取得されやすくなり、著名人ではない一個人の発言を聴くことで考えの多様性を知ることが出来ました。
が、その弊害として、様々な誹謗中傷、罵詈雑言が飛び交うようにもなりました。

連日のように、誰かの発言が炎上し、槍玉に上げられます。
自業自得なときもあるのですが、それってここまで炎上するようなこと?と思う発言も多くありました。

よく、炎上商法なんていう言葉がありますが・・・
正直言って炎上をマーケティングに使う人ってそうそういないと思うんですよね。
本当のことや、思ってることを書き込んでしまったが為に、色々な人の逆鱗に触れてしまって炎上してしまったということがほとんどだと思います。

決して、誰かを傷つけたり、誰かに嫌われたりしたいが為に書き込んだわけじゃないんだと思います。
認識の違い、言葉足らず、些細なボタンの掛け違いで炎上してしまったというのが、本当だと思います。

そもそも、僕は炎上商法という言葉が嫌いです。
なぜなら、その言葉は「炎上に乗っかってる人側」から発せられている言葉だからです。
「窃盗罪」を「万引き」と言って罪の意識を軽くしている・・・それに通ずる嫌悪感を感じます。

・・・話が大きく脱線しました。

基本的に「誰かに嫌われたい」人なんていません。
嫌われたくない・・・なんなら好かれたい・・・そんな気持ちを持つのが普通の人間です。

しかし、世の中を生きてきて、誰からも嫌われない人生など有り得るでしょうか?

僕も、実生活で理由もわからず嫌われたことは何度もあります。
誤解が、誤解を生んだ結果なのか、生理的に受け付けなかったのか、理由はわかりません。
理由はわかりませんが結果として嫌われました。
それは事実です。

大抵の人は、

「なんで嫌われたんだろう」
「嫌うには理由があったのだろう」
「次は嫌われないようにうまくやろう」

そう思い、極力嫌われないように振る舞おうと努力すると思います。
それは、それで正しいことだと思います。

しかし、今回の羽生結弦選手の「嫌われたくない」の言葉を聞いて、僕はこう思いました。

どんなに完璧な人でも嫌う人は嫌う。

 

羽生結弦選手は、

・靭帯損傷という怪我を押しての金メダル
・2大会連続金メダリスト
・2大会連続金メダルは冬季五輪では、全世界で66年ぶりの快挙
・平昌冬季五輪金メダル第一号
・冬季五輪金メダル獲得第1000号
・中高成績はオール5
・謙虚に驕らずとても性格も良い好青年
・国旗の扱いや、国歌斉唱を歌うなど愛国心に溢れている
・etc
(ソースはTwitterです、すまん)

彼の素晴らしさをね、上げればキリがないんですよ。
これだけ非の打ち所がない彼に賞賛以外の言葉を言えるかってんですよ。
批判を言える人間は一体どんな功績を残したんだっていう話ですよ、言えるわけがない。

しかし、世の中には身の程知らずにも、彼に、正に頓珍漢な誹謗中傷を浴びせる人間が居るんです。

パーフェクトヒューマンな彼であっても、嫌う人は嫌うのです。

 

僕の話になって申し訳ないのですが、僕も、ヤミツキテレビというYouTubeチャンネルを開設しています。
日々沢山の賞賛のコメントを頂き嬉しく思うのですが、時折、わけのわからない批判もいただきます。

「いや、そこを見てほしいんじゃないんだけどな」と思っても、自分が評価して欲しいポイントは無視されているのか、あえて外されているのかわかりませんが、評価されず批判を書かれます。
なんとも虚しい気持ちになることが多々あります。

羽生結弦選手への、様々な批判を目もにしました。
その殆どは、演技に対する批判ではなく、容姿、言動、仕草を批判するものでした。

批判というのは、どんなに完璧であってもそこは見られず無視され、批判しやすい場所を批判されるものなのです。

どんなにちゃんとしてても、完璧であっても、嫌う人はとことん嫌うし、重箱の隅をつついて批判する。

 

そんな言葉を相手にする必要があるのでしょうか?

僕は、はっきりいって無いというか、どうしようもないと思いました。
他人の感じ方次第なので、僕がどうこうできる範疇を超えているのです。

 

羽生結弦選手の「嫌われたくない」という発言は、彼のプレッシャーや背負っているものの重責を思うと・・・なんとも言えない悲しみを感じます。

しかし、僕は、彼のこの発言に逆に勇気をもらいました。

あの羽生結弦選手ですら嫌う人がいる・・・なら、俺が嫌われても仕方ない屁でもないことだ・・・と。

僕は声を大にして言いたい。

羽生結弦選手、僕達はあなたが大好きです。
だから、嫌う人の言葉には耳を傾けず、好きと言ってくれる人たちの言葉を支えにこれからも素晴らしい演技を見せてください。

 

この言葉がもし、羽生結弦選手に届いたなら感無量です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

闇島でした。

スポンサーリンク